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仙台高等裁判所秋田支部 平成2年(ネ)142号 判決 1992年12月25日

控訴人

東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

住田正二

右代理人支配人

長岡弘

控訴人

吉田二夫

右両名訴訟代理人弁護士

内藤徹

被控訴人

佐田敏美

右訴訟代理人弁護士

山内滿

深井昭二

沼田敏明

荘司昊

横道二三男

虻川高範

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決二枚目裏五行目「原告は、」の次に「平成四年三月一九日控訴人会社を退職するまで」を加え、七行目「である。」を「であった者である。」と改める。)。

第三証拠

原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2ないし4(本件不法行為の成否)について判断する。

1  被控訴人は、控訴人吉田が被控訴人に命じた本件教育訓練(その経緯、具体的態様はともかく、同控訴人が被控訴人に対し、昭和六三年五月一二日、一三日の両日、就業規則の書き写しを内容とする教育訓練を命じ、被控訴人が、右書き写しをしたことは当事者間に争いがない。)は、被控訴人に対する不法行為を構成する旨主張する。

成立に争いのない(証拠略)によれば、控訴人会社の就業規則(以下、単に「就業規則」という。)一二八条は、「社員は、会社の行なう教育訓練を受けなければならない。」旨定めていることが認められ、控訴人会社は、右規定に基づき、広義の業務命令として社員に対して教育訓練を受けることを命ずることができるものであるところ、成立に争いのない(証拠・人証略)によれば、控訴人会社の内規により、本件教育訓練当時、控訴人吉田は、管理者として部下社員である被控訴人に対し、職場目標を達成するため日常業務を通じて態度、知識及び技能の向上を目的とする職場内教育訓練を実施し得る地位にあったことが認められる。

ところで、就業規則一二八条に基づき、職場内教育訓練を含めて控訴人会社が社員に命じ得る教育訓練の時期及び内容、方法は、その性質上原則として控訴人会社(ないし内規等により実際にこれを実施することを委任された社員)の裁量的判断に委ねられているものというべきであるが、その裁量は無制約なものではなく、その命じ得る教育訓練の時期、内容、方法において労働契約の内容及び教育訓練の目的等に照らして不合理なものであってはならないし、また、その実施に当たっても社員の人格権を不当に侵害する態様のものであってはならないことはいうまでもない。かかる不合理ないし不当な教育訓練は、控訴人会社(ないしこれを実施する社員)の裁量の範囲を逸脱又は濫用し、社員の人格権を侵害するものとして、不法行為における違法の評価を受けるものというべきであるが、右裁量の逸脱、濫用の有無は、当該教育訓練に至った経緯、目的、その態様等諸般の事情を考慮して判断すべきものと解するのが相当である。

右の観点から、以下、控訴人吉田が被控訴人に対してした本件教育訓練が不法行為を構成するか否かを検討する。

2  本件教育訓練に至る経緯については、次に付加、訂正する他は、原判決一三枚目表三行目冒頭から一五枚目表九行目末尾までの事実認定が当裁判所の認定と一致するから、ここに引用する。

(一)  原判決一三枚目表三行目「前記争いのない事実」を「請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがなく、右事実」と、同行目「(証拠・人証略)」を「前掲」とそれぞれ改め、同行目「(証拠略)」の前に「(証拠・人証略)」を、四行目「(証拠略)、」の次に「(証拠略)、」を、七行目「(証拠略)、」の次に「(証拠略)、」を、八行目及び一〇行目の各「(人証略)」の前に「原審」をそれぞれ加え、一〇行目「(人証略)」を「当審(人証略)」と、同行目から末行にかけての「原告及び被告」を「原審及び当審における被控訴人及び控訴人」とそれぞれ改め、同枚目裏一行目「これに反する」の次に「(証拠略)、原審」を加え、二行目「原告」を「原審及び当審における被控訴人」と改める。

(二)  同一三枚目裏五行目「行われた。」の次に「もっとも、服装の整正の重点として取り上げられたのはリボン、ワッペン及び赤腕章の着用禁止であり、組合バッジ及び後述のいわゆる国労グッズについては、その着用、使用禁止の徹底が図られていたわけではない。」を加える。

(三)  同一四枚目表九行目「得るため」を「得ることも目的として」と、一〇行目「任されていた。」を「任されており、控訴人会社発足の前後を通じて、国労において、その使用、着用につき機関決定がなされたり、所属組合員に対して着用指令等が発せられたことはない。」と、同行目「国労グッズ」から末行「組合バッジと同様」までを「控訴人会社は、国労グッズの使用、着用についても、本訴において控訴人らが主張する就業規則の各規定に違反するとの見解に立ち、各現場長等管理者を通じて社員に対して」とそれぞれ改め、同枚目裏一行目「なされ」の次に「てはいたが」を加え、同行目「も同様の指導がなされて」を「は、控訴人吉田が区長に就任するまではそれ程厳格な指導、注意がなされていたわけではなく、右グッズ類を使用、着用する国労組合員も」と改める。

(四)  同一四枚目裏五行目「国労組合員」から六行目「なされ」までを「控訴人吉田は、国労グッズを使用、着用する国労組合員を現認すると注意、指導し」と改める。

(五)  同一四枚目裏七行目「原告は、」の次に「控訴人会社発足前の国鉄時代である昭和六一年夏ころから本件ベルトを着用することがあったが、それにつき上司から個別に注意、指導を受けたことはなかったところ、」を、同行目「一一日」の次に「午後二時過ぎころ」をそれぞれ加える。

(六)  同一五枚目表八行目「である」の次に「が、右記章は、バックルの本体部分から容易に剥離させられるものではない」を加える。

3  以上の事実によれば、控訴人吉田は、被控訴人の本件ベルト着用が就業規則に違反するものと判断して被控訴人にその取り外しを命じたのに、被控訴人がこれに素直に従おうとしなかったことから、本件教育訓練を命ずるに至ったことが認められる。ところで、本件ベルトの着用が就業規則に違反するか否かについては、当事者間に争いのあるところであるが、これが就業規則に違反しないものと解されるにしても、前記認定のとおり、当時、控訴人会社は、本件ベルトを含む国労グッズの使用、着用は就業規則に違反するとの見解に立ち、現場長等管理者を通じて社員にその旨指導していたのであり、当時、控訴人会社の右見解に反して本件ベルトの着用が就業規則に違反しないとの確立した判例又は公権的解釈が存在しなかったことも当裁判所に顕著であるから、控訴人会社の社員としてその指揮命令に服すべき立場にあった控訴人吉田が、管理者として、控訴人会社の見解に従いその方針どおりに、部下社員である被控訴人に対して本件ベルトの着用が就業規則に違反する旨注意し、その取り外しを命じたこと自体を責めることはできない(被控訴人は、本件教育訓練を控訴人吉田の不法行為であると主張するものであり、その前提となった本件ベルト着用に対する同控訴人の注意又は取り外し命令を不法行為として主張するものではないが、仮に、右注意又は取り外し命令につき不法行為の成否を考えると、控訴人吉田の右行為は違法であるとしても同控訴人にはこれにつき過失があったとはいえないことになる。)。そうすると、本件ベルトの着用が客観的には就業規則に違反しないとしても、控訴人吉田がこれを就業規則に違反するとした上で、業務遂行上必要な知識、就業規則の内容の周知、徹底を図るべく、被控訴人に相当な教育訓練をしたとすれば、右教育訓練につき裁量権を逸脱、濫用した違法があると直ちにいうのはその動機、目的の点からは困難である。したがって、本件ベルトの着用が就業規則に違反するか否かは、それだけで前記裁量権の逸脱、濫用の有無を判断するに当たっての決定的要因となるものではない。しかし、控訴人吉田の控訴人会社における立場及びその主観的認識を離れた客観的判断としての右就業規則違反性及びその違反の程度如何は、同控訴人の動機、目的の客観的正当性、目的達成のため採った手段の相当性(目的と手段の均衡)等の観点から右裁量権の逸脱、濫用を判断する上でなお意味を有するものと解されるから、以下、この点について必要な限度で判断する。

(一)  前掲(証拠略)(控訴人会社発足当時に作成され本件教育訓練当時効力を有していた就業規則の抜粋であり、前掲<証拠略>は、本件後の昭和六三年七月時点の就業規則であり、本件に関係する各規定については改正点はない。以下、就業規則の内容を見る場合は、<証拠略>のみを引用する。)によれば、就業規則二〇条は、「(服装の整正)」との表題が付され、その一、二項は、要旨、社員は勤務時間中所定の制服を着用すべき旨、また、制服は端正に着用するよう努めるべき旨規定し、その三項は「社員は、勤務時間中に又は会社施設内で会社の認める以外の胸章、腕章等を着用してはならない。」と定めているが、控訴人らは、本件ベルトは、右三項にいう「会社の認める以外の胸章、腕章等」に該当する旨主張する(なお、<人証略>の証言及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人が稼働していた施設関係職場の社員については、控訴人会社が定め、貸与する制服があったが、ベルトについて定めた服装規程等は存在せず、控訴人会社から貸与されるものもなかったことが認められる。)。

前記認定の事実、(人証略)の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、就業規則二〇条三項は、国鉄時代、各組合の組合員が組合バッジを常時着用したり、各組合がリボン、ワッペン、腕章闘争をしばしば行い、それが、服装の乱れという点からも批判を浴びたことに鑑み、専らこれら組合活動を規制する趣旨で制定されたことが推認され、「胸章、腕章」とあるのもそのことを推測させる。このような右規定の沿革及びそこに例示された「胸章、腕章」との文言に照らすと、社会人として「端正」な服装をするには不可欠なベルトを、一般にはその着用が不可欠とはいえず組合の闘争手段として利用されることの多い「胸章、腕章」と同種のものとして、右規定の「胸章、腕章等」に含まれると解釈することには疑問がないわけではない。

この点を措くとしても、右二〇条の規定を全体として可及的合理的に解釈するなら、一般的には、労働者がどのような服装で就労するかは原則として労働者の自由な判断に委ねられると解すべきところ、控訴人会社は、その目的である鉄道事業の社会性、公共性、右事業の性質に由来する職場秩序維持の必要性及び社員の安全確保等の目的から、業務の態様に応じて必要な範囲で社員に制服の着用を義務付け(これが合理的制約であることは十分肯認できる。)、ベルトのように控訴人会社が特に制服の一部として特定の物品を指定していないが社会通念上必需品と認められる服装品の着用については、原則として社員の自由選択に委ね、ただ、合理的理由がある場合は、控訴人会社がその着用、使用を禁止又は制限できることとし、胸章、腕章等必ずしも必需品とはいえない服装品及びこれに装着する物品については、控訴人会社が特に認めた物以外の着用、使用を禁止する趣旨と解するのが相当である(右二〇条三項の文言を形式的に解釈すれば、ベルトについても、控訴人会社が積極的にその着用を認めたベルト以外の物を着用すると、右規定に違反するかにも解されるが、(人証略)の証言及び弁論の全趣旨によれば、控訴人会社発足以来、少なくとも被控訴人の稼働していた施設関係職場の社員について、控訴人会社が個別積極的に着用を認めたベルトなるものは存在しないことが認められるから、右のような解釈を採ると施設関係職場の社員は控訴人吉田を含めて全員が右規定に違反することとなり、その不合理性は明らかである。)。

しかして、前記認定事実によれば、控訴人会社は、本件当時、国労グッズの一種である本件ベルトの着用を社員の職種、就労場所等を問わず一律に禁止していたことが認められるから、右着用禁止について合理的理由があるか否かについて検討するに、右合理性は、社員の服装選択の自由と控訴人会社の事業の性格に由来する社会性、公共性及び職場秩序維持の必要性ならびに業務遂行上の必要性等の調和の観点から判断すべきである。

本件についてこれを見るに、本件ベルトについて控訴人らが問題とするのは、それがいわゆる国労グッズの一種である点であるが、一先ずその点を捨象すると、前記認定の本件ベルトの形状、意匠及び材質等によれば、本件ベルトは、社会通念上その形状、意匠等の点で格別一般人に嫌悪感、不快感を与えたり、奇異な感を抱かせるようなものではなく、もとより被控訴人の従事していた保線作業を遂行する上で具体的支障が生ずるような機能的、構造的欠陥があることを認めるべき証拠もないから、その形状、意匠及びつくり等だけを見る限り、被控訴人に対して本件ベルトの着用を禁止する合理的理由は見い出し難い。ただ、本件ベルトのバックル部分には、前記認定のとおり、国労の記章があることから、これが組合的色彩を帯びた物であることは否定できず、前記のような就業規則二〇条三項の制定経過から推究していくと、控訴人会社としては、これを同条項の規制対象となり得る旨判断するのも理解できないではない。しかし、これが就業規則に違反する時間内組合活動に該当するか否かは後述するが、「服装の整正」との表題が付された就業規則二〇条は、作成者である控訴人会社の意図及び沿革はともかく、合理的に解釈する限り全体として組合活動の制限を直接の目的としたものと解すべきではなく、先に制服制定の趣旨につき述べたとおり控訴人会社の事業の性質から、旅客に不快感を与えたり、職場規律の弛緩から事故の発生を招来することなどを防止するため、社員の服装を規律しようとしたものと解するのが相当であるから、本件ベルトに国労の記章があることにより、右二〇条が防止しようとした弊害を生ずるおそれがない限り、本件ベルトの着用を禁止することに合理的理由があるとはいい難い。そこで、この点につき検討するに、被控訴人が稼働していた施設関係の職場の社員は旅客に接する機会が少なく、したがって、本件ベルトに国労の記章があってもこれが旅客の目に触れる機会自体がさほどあるとは考えられず、旅客に接することがあるとしても、国労の記章の一般人への周知性がどれ程あるかも疑問であるから(本件のような国労の記章が一般に広く周知されていることを認めるべき証拠はない。)、被控訴人が本件ベルトを着用することによって、控訴人会社が社員の時間内組合活動を容認し、職場規律が乱れているかの如き印象を与え、その点からの違和感、不快感を招来するおそれは皆無とはいえないまでもその可能性は極めて少なかったというべきである。また、対内的な職場規律への影響についても、後述するとおり、本件ベルト着用により被控訴人は国労組合員であることを外部に表示し、同組合員間の団結意識の維持、昂揚を意図していたとも認められ、また、原審及び当審における控訴人吉田二夫本人尋問の結果によれば、被控訴人の従事していた保線業務は危険性が高く、社員の安全を確保し円滑に業務を遂行するには社員間のチームワークが特に重要であり、一瞬の油断や意思疎通の不十分さが社員等の生命、身体にかかわる大事故に結びつくおそれがあることが認められるが、後記のように本件ベルト着用が組合活動といえるかは疑問の余地もないわけではなく、本件ベルトの形状、意匠等からして、右着用が併存組合の組合員を殊更刺激して職場規律が乱れるおそれがあったとは直ちに認め難く、また、当時、国労と控訴人会社が対立状態にあり、そのため控訴人吉田等現場管理者が、国労組合員の本件ベルト着用に不快感、嫌悪感を抱いたとすれば、ある意味では職場規律保持に芳しくない影響を与えたといえるが、そもそも労使が対立することは必ずしも異常な事態ではなく、そのような状況下でも、本件ベルトは、組合の統一的意思活動として各国労組合員が着用していたわけではなく、その形状、意匠、着用部位等からしても刺激的、挑発的なもので労使の対立を徒らに助長、拡大するようなものとは認め難いから、右のように現場管理者が不快感等を抱くのは客観的には過敏にすぎる反応とも評価し得べきものであり、被控訴人の本件ベルトの着用及びそれを契機とする控訴人吉田等現場管理者の不快感等により、職場内の融和、協調に支障が生じたとしても、被控訴人にその責めを負わせるのは相当とは考えられない。

以上の点に鑑みると、少なくとも本件教育訓練の契機となった被控訴人の本件ベルトの着用行為については、これを禁止する合理的理由があったと認めるのは困難であるから、右着用行為が就業規則二〇条三項に違反するとはいえない。

(二)  前掲(証拠略)によれば、就業規則二三条は、「社員は、会社が許可した場合のほか、勤務時間中に又は会社施設内で、組合活動を行なってはならない。」と規定しており、控訴人らは、被控訴人の本件ベルト着用が右二三条に違反する旨主張する。

ところで、「組合活動」なる概念は一般にそれ自体一義的に明確なものとはいえないが、就業規則は、社員の如何なる行為が右二三条の禁止する「組合活動」に該当するかを定めておらず、控訴人会社と国労との間で右「組合活動」の解釈に関する労働協約が締結されていたことを認めるべき証拠もない。これを狭義に解するなら、組合活動とは、労働組合の意思に基づく組合の組織的活動をいうものであり、組織的活動の一環、一部と見られない個々の組合員の活動は、組合活動に該当しないといわねばならない。しかして、前記認定のとおり、本件ベルトは、国労が販売したものではあるが、その購入、着用は個々の組合員の判断に任されており、その着用につき組合の機関決定がなされたり、組合がその着用指令を発していたわけではないから、被控訴人の本件ベルト着用をもって、国労の意思に基づくその組織的活動とはいえないから、これを右の意味での組合活動とは認め難い。

さらに、右二三条にいう「組合活動」をより広義の概念として捉え、組合の指令に基づくいわゆる機関活動以外の組合員個人の自発的意思に基づく行動であっても、それが広い意味で組合の団結権行使に関わる行動であれば、右組合活動に含まれると解する余地もある。かような観点から検討すると、本件ベルトには、前記のとおりそのバックル部分に国労の記章があるだけで他に控訴人会社に対する何らかの要求文言等が表示されているわけではないが、(人証略)の証言に弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人が本件ベルトを着用していたのは、単なる個人的な趣味、好悪の点から(ママ)のみからではなく、国労組合員としての自覚的意識の下に自己が同組合員であることを外部に表示し、組合員間の団結意識を維持、昂揚しようとする目的もあったものと認められるから、それは広い意味での組合の団結権行使に関わる行動というべきである。したがって、右二三条の「組合活動」を右のように広義に解すると、被控訴人の本件ベルト着用は、これに該当することとなる。しかし、前記のとおり、就業規則二三条にいう「組合活動」が何を指すかは規定上明確ではないから、右のような広義の解釈が採れるかはなお疑問の残るところであり(仮に、広義の解釈が採れないとしても、右規定にいう組合活動に該当しないが、組合に関係する社員個人の勤務時間内の行動は、後述の職務専念義務等就業規則の他の規定に抵触する場合もあるから、これが就業規則上当然に放任、許容されるものではなく、控訴人会社に格別不利益を甘受させることにはならない。)、仮に広義の解釈を採って被控訴人の本件ベルト着用が右規定に違反すると解するとしても、ベルトは社会生活上通常の服装をするに必要不可欠なものであり、組合の闘争又は活動手段として使用されるワッペン、プレート及び腕章等とは機能的に異質なものであること、控訴人会社において制服として制定したベルトは存在せず、会社から貸与もされてなかったこと、本件ベルトにはそのバックル部分に国労の記章があるだけで、それ以外に外形上視覚的に組合運動的意味合いを認めるべき部分はないこと、また、その着用は国労の組織的活動の一環とは認められないこと等前記の諸事情に照らすと、被控訴人の就業規則二三条違反の程度は極めて軽微なものであったというべきである。

(三)  前掲(証拠略)によれば、就業規則三条一項は、「社員は、(中略)全力をあげてその職務の遂行に専念しなければならない。」と規定しており、控訴人らは、被控訴人の本件ベルト着用は、右規定が定める社員の職務専念義務に違反する旨主張する。

右条項が規定する職務専念義務は、社員はその勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないことを定めた趣旨と解される。しかして、前記のとおり、被控訴人は、国労の組合員であることを外部に表示し、組合員間の団結を維持、昴揚しようとする目的をも持って勤務時間中に本件ベルトを着用したのであるから、勤務時間中、その注意力のすべてを職務遂行に用いたとはいえず、形式的には就業規則三条一項に違反したものと評価せざるを得ない。

しかしながら、職務専念義務の意義を右のように解するとしても、それを余りに形式的、厳格に適用してその違反の有無を論ずるのは必ずしも相当とは解されない。もとより、労働者は、労働契約に基づき、勤務時間中は使用者の指揮、命令に服して労務を提供し、その対価として賃金の支払を受けるのであるから、勤務時間中は、職務以外のことをしてはならず、職務に専念すべきは当然であり、その点から職務専念義務の意義を右のように理解することは十分理由があるし、労働者が一般に職務専念義務を負うことは就業規則に明文規定があるか否かに拘らないというべきである。しかし、職務専念義務の意義を理念的に、かつ端的に右のようにいうことができるとしても、労働者が、その注意力を集中し得る人としての生理的限界も自ずから明らかであり、一般に、日々、勤務時間(休憩時間はもちろん、休息時間も除くとする。)のすべてにつき、瞬時の間もなくその精神的活動力のすべてを職務にのみ完全に傾注させることは容易になし得ることとは考えられないから、労働者に対し、かようにその完全なる履行につき甚だ困難を伴う法的義務の不履行を形式的ないし厳格に問うことは、それが懲戒処分に付すような場合でなくとも慎重さが要求される部分があると解せざるを得ない。そして、一般的には、社員の勤務時間中の行為、態度が職務専念義務に違反するかどうかについては、その実質的違法性を考慮して判断されているものと考えざるを得ないのであって、その違法性の判断は、ひっきょう、当該企業の事業内容や性格を勘案した社会通念に従って決せられるものと解され、これは、控訴人会社の場合も同様と考える。

仮に、右のような実質的違法性の判断は不要であるとの見解に立ったとしても、形式的には職務専念義務に違反する社員の行為、態度は種々様々で、その中には違法性の程度が微弱なものとして不問に付され、結果的には事実上黙認されているもののあることが容易に推測されるところであるから、本件の場合、少なくとも、控訴人吉田が被控訴人に対して執った措置の当否を検討する上においては、右のような実情との均衡を十分考慮するのが相当である。

しかるところ、被控訴人が本件ベルトを着用したことにより、その身体活動面において職務に専念していなかったとは認め難いし(前記のとおり、そのつくり等からして本件ベルトは被控訴人の従事していた業務の遂行に支障が生ずるようなものであったとは認められない。)、厳格に見れば、本件ベルト着用の目的等からしてその注意力のすべてが職務の遂行に傾注されていなかったといわざるを得ないが、客観的には本件ベルトは、その形状、意匠及び着用部位等の点からして外部に対して被控訴人の意図したところを訴える作用が強いものとは到底いえず、被控訴人が本件ベルトを着用することにより本来職務に向けられるべきその注意力がさほど減殺されたとは認められないし、現実に被控訴人の遂行すべき業務に何らかの具体的支障が生じ、あるいは生ずるおそれがあったことを認めるに足りる証拠もないから、被控訴人の本件ベルト着用行為は、実質的違法性がなく職務専念義務に違反するものではないというべきであり、仮に実質的違法性の有無を問わず職務専念義務違反を判断すべきであるとの見解から、被控訴人の右所為を右義務に違反するものというとしても、その違反の程度も、一般に控訴人会社において不問に付され、事実上黙認されている他の右違反行為と比較して特にその違法性が強度であるものとは認め難いから、右所為に対して執られるべき措置も、これとの均衡を十分弁えたものであることが要求されるものとすべきである。

(四)  以上によれば、被控訴人の本件ベルト着用行為は、就業規則二〇条三項に違反するものではないし、また、二三条及び三条一項にも違反しないか、違反するとしてもその程度は軽微であり、特に職務専念義務違反の点については、本件教育訓練の当否を検討する上で、厳格にいえば右義務違反であるが、事実上は黙認されている他の行為との均衡を十分考慮すべきものといえる(なお、控訴人らは、被控訴人の本件ベルト着用は、さらに職場規律の維持の点で違反する旨主張するが、この点については既に前記二3(一)に説示したところであるから、再論しない。)。

4  次に、本件教育訓練の態様について検討するに、これについての当裁判所の認定は、次に付加、訂正するほかは、原判決二三枚目表八行目「当事者間に争いのない事実」から同二五枚目表八行目末尾までの認定と一致するから、これをここに引用する。

(一)  原判決二三枚目表八行目「当事者間に争いのない事実、」を「請求原因2(二)の事実のうち、控訴人吉田が、昭和六三年五月一二日午前八時三〇分ころの朝礼点呼の際、職員に対し、「迷惑がかかるかもしれないが皆さん協力して下さい。」と述べたこと、控訴人吉田が被控訴人に対し、朝の準備体操終了後、被控訴人を同控訴人の面前に着席させ、就業規則を書き写し、その後感想文を書き、書き写した就業規則を読み上げることを指示したこと、被控訴人が、控訴人吉田の命に従って就業規則の書き写しを開始したこと、被控訴人が昼休み一時間の休憩時間をとったこと、控訴人吉田は被控訴人に対し、午後四時三〇分ころになって、就業規則の読み上げを命じたこと、被控訴人が感想文を数行しか書けなかったこと、請求原因2(三)の事実のうち、控訴人吉田は被控訴人に対し、昭和六三年五月一三日、教育訓練を命じ、前日に引き続き、午後四時ころまでの就業規則の書き写しと書き写した就業規則の読み上げを命じたこと、被控訴人が控訴人吉田に対し、午前中に腹痛を訴え、病院に行かせてくれるよう申し出たこと、控訴人吉田が被控訴人に就業規則の書き写しを止めさせ、前日と当日書いたことの感想を求め、これに対し、被控訴人が就業規則の中身が変わった旨述べたこと、被控訴人が午前一一時二〇分ころ、本荘保線区を出たこと、被控訴人が同月一四日から同月二〇日までの間由利組合病院に入院したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に」と改める。

(二)  同二三枚目表八行目「(証拠・人証略)」を「前掲」と改め、「(証拠略)、」の次に「(証拠略)、成立に争いのない」を加え、九行目「(証拠略)」を削り、「(証拠略)、」の次に「弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(証拠略)、原審」を加え、「原告及び被告」を「原審及び当審における被控訴人及び控訴人」と改め、一〇行目「これに反する」の次に「原審」を加え、末行「被告」を「原審及び当審における控訴人」と改める。

(三)  同二三枚目裏二行目「各職員に対する作業指示の中で」を「各助役が部下職員に対して点呼及び作業指示をした後」と、七行目「の書き写し」を「を一字一句間違いのないよう書き写すこと」とそれぞれ改め、八行目「机の前に」の次に「右書き写しをさせるために特に」を加える。

(四)  同二三枚目裏末行「机があり、」から同二四枚目表一行目末尾までを「机があったが、当日休暇を取った職員が二名おり、出勤していた各職員も各々の職務のため外出することが多く、被控訴人が就業規則の書き写しをしている間、同事務室内で執務していた職員は四、五名ないし多くとも一〇名程度であった。」と改める。

(五)  同二四枚目表二行目「仕事」を「自己の机で仕事をしたり、請負業者との打ち合せ等」と、五行目「机を」から六行目「などした。」までを「机を叩き、また、自己の机を足で蹴ったりし、被控訴人が右書き写しを始めて間もなく他の職員が控訴人吉田及び被控訴人にお茶を出そうとしたところ、これを止めさせるなどして被控訴人が湯茶を飲むのを許さなかったが、自らは、被控訴人の面前でジュースを飲んだりし、また、昼の休憩時間終了後間もない時に便意を催した被控訴人が用便に行かせてくれるよう求めてもこれを容易に認めようともしなかった。」とそれぞれ改める。

(六)  同二四枚目裏二行目「命じたが、」の次に「その際、右読み上げにより喉の渇きを覚えた被控訴人が水を所望したがこれも認めず、やむなく右作成にかかった」と改める。

(七)  同二四枚目裏六行目「一端」を「一旦」と、七行目「被告吉田の判断で」を「右支区長が」と、同行目「が認められなかった」を「を認めない旨電話してきた」と改め、八行目「被告吉田は」の次に「、同日朝右支区長から右休暇申し出の経緯及び被控訴人が胃が悪いようだと聞いていたが、」を加え、同行目「昨日」を「前日」と、同二五枚目表二行目「ことから」を「ところ」と、七行目「受けた」を「受け、翌一四日、検査の」と、八行目「翌一四日」を「同日」とそれぞれ改め、八行目末尾の後に行を改め「控訴人吉田は、被控訴人に就業規則の全文を書き写させる予定であったが、被控訴人の右入院によりこれを断念した。」を加える。

5  以上の認定説示に基づき本件教育訓練の違法性について検討する。

就業規則は、労使関係を規律する重要な規範であるから、使用者ないしその補助者である管理職員が、職員にその周知、徹底を図ろうとすることはそのこと自体直ちに違法といえないことはいうまでもないし、前記のとおり、控訴人会社の管理職職員が部下職員に対し、いつ、如何なる内容の教育訓練を行なうかは原則としてその裁量に委ねられているというべきであるから、管理職職員が部下職員に対して、就業規則の周知、徹底のため教育訓練を命ずることも直ちに違法となるものではない。しかし、日常業務を通じての職場内訓練として、管理職職員が当該職員の本来の業務を一切外してある期間当該職員のみに対して就業規則の周知、徹底のための訓練を命ずることはそれ自体異例と解されるし(後記のとおり、他にも就業規則の書き写しをさせた例が存在するようであるが、その数は多くない。)、しかも、その方法が、就業規則全文の機械的書き写しを主たる内容とするものであるとなると、その合理性は疑わしい。すなわち、就業規則の全文を書き写させることによりそれなりにその規定内容を認識させる効果はある程度期待できるとしても、それだけを目的とするなら、一字一句間違いのないよう書き写すことを命ずるまでもなく、それを黙読又は朗読させるだけでもその目的を相当程度果たすことが可能なはずである。また、単にその内容を認識させるだけでなく、その意味を理解させることまで意図するなら、就業規則の規定は多分に法的概念及び不確定概念等を含み、一見しただけではその意味を明白かつ正確に把握し難い部分があり、職員に対してこれを機械的に書き写させるだけでその規定の趣旨、意味を十分理解させるに足りないことは先に就業規則二〇条三項、二三条、三条についての説示のところからも明らかである。しかも、文章力の不十分な学童に対して国語教育の一環として模範的な文章を書き写させたり、成人であっても自らの意思で文章力の養成等のため自発的に同様の書き写しを行なうなどの場合はともかく、成人した社会人が自発的意思に基づかずに本来の業務を離れて全文一四二条もある就業規則を一字一句の間違いもないよう書き写すことは、時間的制限等がないとしてもそれ自体肉体的、精神的苦痛を伴うものと推測するに難くない。かように、就業規則の全文書き写しは、それを命ぜられた職員に苦痛を強いるものであるし、その目的が就業規則の内容を認識させるに留まるなら、職員の苦痛がより少なく、かつその効果を相当程度期待できる他の手段があり得るし、その規定を理解させることまでを目的とするなら多くの効果を期待できないものというべきである。してみると、就業規則全文の書き写しを命ずることは、それが果たして如何なる教育的意義を有するのか容易に首肯し難いものがある。しかして、控訴人吉田は、被控訴人の入院という予期せぬ事態の発生から結局中途で断念したものの、本来被控訴人に対して就業規則の全文の書き写しをさせる意図であったことは前記のとおりであり、この点からして既に本件教育訓練は、その主たる内容の合理性に多大の疑問を抱かざるを得ない。なお、控訴人らは、控訴人会社の秋田支店においては、就業規則の書き写しの教育訓練は取り立てて珍しいものではない旨主張し、(人証略)の証言により真正に成立したものと認められる(証拠略)によれば、控訴人会社が発足した昭和六二年四月から平成元年二月までの間において、秋田支店内で、職員に対し、就業規則の書き写しを内容とする教育訓練をした例が九件あることが認められるが、そもそも他に同種の事例があるからといってそのことが直ちに右のような本件教育訓練の相当性を裏付けるものとはいえず、右九件の具体的契機や態様も不明であるから、本件との比較均衡の観点から、これらの事例を本件教育訓練の違法性の判断資料とすることもできない。

しかも、本件の発端は、被控訴人が本件ベルトを着用していたのを控訴人吉田から注意されたのにこれに素直に従わなかったことにあり、就業規則中、これと関連性のある規定は、先に検討した各規定程度であるから、控訴人吉田が、本件ベルトの着用が就業規則に違反するから、そのことを被控訴人に認識、理解させるため就業規則について何らかの教育訓練が必要と考えたなら、その範囲は右関係規定及びこれに関連する諸規定程度で十分なはずであり、その方法も、先ずは右関係規定等について控訴人会社の立場からその趣旨を懇切丁寧に説明して被控訴人の納得を得るよう試みることなどが当然考えられて然るべきところ、何故本来の業務を外してまで敢えて当該時期に就業規則の全文に亘り、しかも、いきなりその書き写しをさせる教育訓練を行なう必要性があったのか容易に理解し難い(ただし、当時の控訴人会社ないし控訴人吉田と国労ないしその本荘保線区分会との対立状況、特に国労バッジを巡っての意見の対立を考えるなら、控訴人吉田が被控訴人に対し、本件ベルトの着用が就業規則の右各規定に違反することを穏やかに説明しても容易に納得が得られなかったであろうことも推測するに難くないが、だからといって、かような場合、組合員である社員に対して本来の教育訓練の目的を逸脱するような懲罰的措置を執ることが許されるものではないことも明らかである。)。なお、この点につき、原審及び当審における控訴人吉田の供述中には、同控訴人が被控訴人に対して本件ベルトの着用につき注意した際、被控訴人が、就業規則を知らない旨述べたことから、同控訴人は、被控訴人が就業規則の細部は勿論、大要も知らないのではないかと感じて就業規則の全文書き写しをさせたとする部分がある。しかし、(人証略)の各証言及び当審における控訴人吉田二夫本人尋問の結果によれば、控訴人会社は、その発足当初の時期に就業規則を各職場に備え置き、さらにその後間もなく全社員に就業規則を印刷した冊子を配布したり、点呼等の際に国鉄時代の規則との相違点等を重点的に説明する等してその周知、徹底を図ろうとしていたことが認められるし、組合員は一般的には労使間の法律関係に関心を有するものと推測され、特に当時控訴人会社と国労の対立状況からすれば、その組合員である被控訴人が就業規則の大要すら知らなかったとは到底考えられないから、就業規則を知らない旨の被控訴人の発言をそのまま真に受けてその大要すら知らないと感じた旨いう控訴人吉田の右供述はにわかに措信できない。むしろ、原審及び当審における控訴人吉田の供述によれば、控訴人吉田が被控訴人に対し、ベルト着用が就業規則に違反する旨注意し、「就業規則を知らないのか。」と質したのに対して被控訴人はふて腐れたような態度で「知らない。」と言い返したというのであるから、そうだとすれば、被控訴人は、控訴人吉田の厳しい注意に対する反発からか、あるいは、本件ベルト着用が就業規則に違反することは知らないという意味で「知らない。」と述べたものと考えるのが自然であり、その程度のことは当時控訴人吉田も理解できたはずである。しかるに、被控訴人のいわば言葉尻を捕えるかのようにして、就業規則の全文書き写しをさせようとした控訴人吉田の真意には、純粋に教育訓練として就業規則を認識又は理解させようとする意図以外のものがあったと推認されてもやむを得ないというべきである。

加えて、控訴人吉田は、本件教育訓練において、殊更、他の職員の注目を集めるかのように同控訴人の机の前に被控訴人の机を置き、被控訴人が手を休めると怒鳴ったり、被控訴人が用便に行くことを求めても容易にこれを認めようとせず、被控訴人が湯茶を飲むことも許さず、また、本件教育訓練の二日目には、朝、本荘保線支区長から、前夜休暇の申し出があり、被控訴人は胃が悪いようであることを聞いていながら、被控訴人が一度ならず腹痛を訴え、病院に行かせてくれるよう申し出ても暫らくこれを聞き入れなかったものであり、かような控訴人吉田の態度は、被控訴人に必要以上の心理的圧迫感及び拘束感を与えるものであり、また、その人格を少なからず傷つけ、その上、健康状態に対する配慮にも欠けるところが多分にあったというべきである。これらの点に関し、控訴人吉田は、原審及び当審において、被控訴人がぼうっとしていることが多く、真面目に書き写しに取り組んでいない様子であったので、注意したものであり、また、腹痛等の訴えについては、右事情から仮病の疑いも持った旨供述する。しかし、前記のとおり、就業規則の機械的書き写しを主たる内容とする本件教育訓練に合理的教育的意義が存在するとは容易に首肯できないから、被控訴人が熱意を持ってこれに取り組まなかったとしても、それを非難するのは相当ではなく、控訴人吉田が供述するような事情は、右に挙げたようなその態度を正当化し得るものとはいえず、合理的根拠のない憶測から被控訴人の健康状態に対する配慮も著しく怠ったものというほかない。

以上によれば、なるほど、本件教育訓練の契機となった被控訴人の本件ベルト着用につき控訴人吉田がこれを就業規則に違反すると考えたことに過失があるとはいえず、被控訴人が素直に取り外しに応じなかったことから、控訴人吉田が、純粋に本来の教育訓練の目的である職員の知識、技能等の向上という見地から、被控訴人に対する教育訓練が必要と判断したのだとすれば、そのこと自体も直ちに非難できないし、本件教育訓練においても、被控訴人に一定時間内で全文を書き写すよう命じたわけではなく、控訴人吉田が終始被控訴人の面前でその一挙手一投足まで監視したり、被控訴人を物理的監禁状態に置いたものでもない。

しかしながら、客観的には、被控訴人の本件ベルト着用は、就業規則に違反しないか、一部の規定に抵触するとしてもその違反の程度は極めて軽微であること、にもかかわらず、本件教育訓練の主たる内容である就業規則の全文書き写し(本件では、偶々同控訴人も予期せぬ事情によりこれが途中で打ち切られたが)は、一般にそれを命ぜられた者に肉体的、精神的苦痛を与えるものであり、しかも、その合理的教育的意義は認め難いこと、本件の契機からすれば、就業規則の全文を書き写させる必要性を見い出し難いこと、控訴人吉田の態度には、被控訴人に対して心理的圧迫感、拘束感を与えるものがあり、合理的理由なくして被控訴人の人格を徒らに傷つけ、また、その健康状態に対する配慮も怠ったこと、勤務時間中、事務室内で長時間に亘り行われるなどの前記諸事情に鑑みると、控訴人吉田の命じた本件教育訓練は、被控訴人に就業規則を学習させるというより、むしろ、見せしめを兼ねた懲罰的目的からなされたものと推認せざるを得ず、その目的においても具体的態様においても不当なものであって、被控訴人に故なく肉体的、精神的苦痛を与えてその人格権を侵害するものであるから、教育訓練についての同控訴人の裁量を逸脱、濫用した違法なものというべきであり、これが同控訴人の被控訴人に対する不法行為を構成することは明らかであるし、また、これが控訴人吉田の職務に関してなされたことも明白である。

以上のとおりであるから、控訴人吉田は民法七〇九条により、また、控訴人会社は同法七一五条により、被控訴人が控訴人吉田の右不法行為によって被った損害につき、これを賠償する義務がある。

三  請求原因5(損害)について判断する。

1  前記認定の本件教育訓練に至る経緯及びその態様等本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すると、控訴人吉田の不法行為により被控訴人の被った精神的損害の慰謝料は二〇万円をもって相当と認める。

なお、前記認定の事実並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、以前胃潰瘍に罹患して通院治療を受けて一旦は回復したが、本件教育訓練の二日目の翌日である昭和六三年五月一四日、検査の結果、胃潰瘍の再発と診断され、同日から一週間入院治療を受けたことが認められるが、他に特段の事情のない本件においては、右再発は、本件教育訓練によるストレスが一因となったものと推測される。しかし、成立に争いのない(証拠略)、原審及び当審における被控訴人及び控訴人吉田二夫各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は、胃潰瘍に罹患して通院治療を受けていたことを控訴人会社に申告しておらず、控訴人吉田も本件教育訓練の初日である昭和六三年五月一二日時点では、被控訴人に胃潰瘍の既往歴があることを知らなかったことが認められるが、控訴人吉田が被控訴人の右既往歴を知らなかったことにつき格別落ち度があることを認めるべき証拠はない。しかして、被控訴人が本件教育訓練の初日である右の日の退社後、腹痛を起こして本荘保線支区長に対し翌日の休暇を申請した時点では既に胃潰瘍が再発していた蓋然性が高いが、右認定説示の点からして、右初日の段階では、控訴人吉田は、被控訴人の胃潰瘍が再発することの予見が可能であったとは認められない(また、経験則上、本件のような教育訓練を一日受けることによって、胃病等の既往歴のない者が胃潰瘍に罹患するとは直ちに認め難い。)。したがって、右再発自体により被控訴人が被った損害につき控訴人らにその賠償義務があるとは認められない。しかし、控訴人吉田は、その翌日である同年五月一三日の朝には、右支区長から右休暇申請の経緯及び被控訴人が胃を悪くしているらしい旨聞いていたことは前記のとおりであるところ、同日午前の本件教育訓練が被控訴人の病状を更に増悪させたものと推認される。控訴人吉田は、同日朝に教育訓練を開始するに当たり被控訴人に健康状態及び既往歴を確認すべきであったというべきであり、これをしていれば、その時点で右既往歴を認識できたはずであるし、本件教育訓練を続行すれば被控訴人の病状を増悪させることも予見できたものというべきである。しかるに、控訴人吉田は、確たる合理的根拠のないまま仮病の疑いも持ってその確認もせずに被控訴人が胃潰瘍の既往歴があることを説明するまで本件教育訓練を中止して病院に行くことを容認しなかったのであるから、右増悪により被控訴人が被った精神的損害については、控訴人らにその賠償義務があるというべきである(被控訴人は、さらにその後一週間入院を余儀なくされたことによる精神的苦痛も被ったものと推測されるが、入院を必要とする程病状が悪化した具体的時期及び二日目午前の教育訓練がどの程度病状を増悪させたかを確定させるに足りる証拠はないから、右に認定説示したところからすると、右入院による精神的損害については、その全部又は一部を控訴人吉田の不法行為と相当因果関係のある損害とは直ちに認め難い。)。当裁判所は、右の点も考慮した上、右損害額を相当と認めたものである。

2  被控訴人が、本件訴訟提起並びに原審及び当審におけるその遂行を被控訴人代理人弁護士に委任したことは本件記録上明らかであり、本件の事案の内容、訴訟経過及び認容額等に照らすと、控訴人吉田の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は、五万円をもって相当と認める。

四  結論

以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、控訴人らに対し、連帯して二五万円及び内二〇万円に対する控訴人吉田の不法行為の後である昭和六三年八月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は失当として棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条、九三条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武藤冬士己 裁判官 木下秀樹 裁判官 佐藤明)

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